嘉門次小屋の遠い記憶



5月のことでした。
昔、小屋で働いていたというお客様が娘さんと共に
訪ねていらっしゃいました。
私共の大先輩は、御年90歳超え数十年ぶりの来訪。
上高地から嘉門次小屋までの山道も楽しんで頂いたようで、
その元気ぶりに驚かされました。


まだ先代の主が小屋を継いでない頃のこと。
よそ様に小屋の管理を任せていた空白の期間がありました。

その頃、初夏の山に登った帰り道、
明神池に立ち寄ると
隣の山小屋で人手を欲しがっているから
会ってほしいと穂高神社の人に勧められたそうです。

まだ20代の先輩が当時の小屋番に会いに行くと、

手伝ってくれないか?
という言葉に何となく返事をしたら。

そのまま一度も降りることなく、その年の初冬まで
住み込んで働いていたそうです。

どちらもどちらと言いますか。
強引さも安請け合いも、信じがたい昭和の一光景。

今とは程遠い不便さ。
生活のために入る山。
薪拾いに、岩魚漁に、川での洗濯。

まだ囲炉裏の小屋しか残っていなかった当時の小屋の写真が
囲炉裏に飾られています。昭和38年というタイトルがあって
偶然にも大先輩が働いていた頃の小屋の様子であることが分かりました。

たった1シーズンの記憶が生涯、上高地の大切な記憶となっている事実を知り、
70年にわたる上高地への思い出を保管すべく、筆をとった次第でございます。

西 哲矢